ヨーロッパを席巻した日本





2012年7月24日(火) 12:00
ヨーロッパを席巻した日本
江戸時代

テレビで観たネタやけど、番組がなんやったか覚えてない。
江戸時代の和紙の話。



多分、上野の東京都美術館で開催されてる
マウリッツハイス美術館展」を紹介する番組やったと思う。
今回の展覧会の目玉は、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」やけど、
同じく出品されてるレンブラントに絡んだネタ。
1650年代に成熟期を迎えたレンブラントは、版画に和紙を使っていた。
この頃は江戸時代で、まだ3~4代の家光・家綱が将軍だった。
長崎の出島からオランダに輸出された有田や伊万里の陶器の緩衝材として、
当時のグラビア雑誌だった浮世絵が使われ、
届いたヨーロッパで、浮世絵自体やその和紙が注目されたそう。
プチプチ代わりの浮世絵・和紙を見て、
ヨーロッパ人が「これ、なんや!」と驚いたという話。
(このような流行りは幕末期やと言う説もある)
1650年に伊万里や有田で焼かれた磁器のうち、
最初は3000個か4000個が出島から運ばれていた程度だったのである。
それも小さな壷や医薬用の瓶が多かった。
それが7,8年後の1659年(万治2)の記録ではなんと6万個の磁器が
西の海の波濤をわたったのである。
恐るべしオランダ東インド会社、恐るべしレンブラント。
ジャポニズムは17世紀にこそ始まったというべきである。
『レンブラントと和紙』 貴田庄 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇

フランスの画家のマネや印象派のモネ、それにゴッホなどに非常に大きな影響を与え、
ジャポネズリ(日本趣味)やジャポニスム(日本心酔)と呼ばれる、
日本文化に対する憧れをかき立てる一因になった。
江戸時代は、理想的なリサイクル社会だった!

強靭な和紙で出来た浮世絵は回収され、陶磁器を包む緩衝材として利用されたのだ。
到着した荷物を開けたヨーロッパの人々、
このしわしわの緩衝材を広げて見てはニヤニヤ。
印象派の大画家モネまで自分の家の階段に大切に飾った。
ヨーロッパに一大ジャポニズム旋風を巻き起こした立役者は
なんと大江戸の古紙回収業者だったのだ。
今日も雪でつまらぬ大江戸物語 : あるちゅはいま日記

※簡単に言うたら、ぼくらはまだ自分の生きてるとこのよさに気づいてない。
  80年代からの北の国からを見直して、またそう思いました。
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by mamorus7 | 2012-07-24 12:58 | 芸能


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